必殺上目遣い。

ミルフィーが火曜日に家に来てから何日か。バタバタと忙しく過ごしている。


初めてミルフィーと会ったのが先週の土曜日。目が合った瞬間の第一印象は、賢そう!だった。
目力があるのが本当に良くて、大きな黒目がちの瞳に、少し細いけれど丈夫そうな体。一目惚れしたのかも。


翌日の日曜日に両親と見に行って、即決。
月曜日はHさんに手伝ってもらってグッズを揃え、火曜日には迎えに行った。


一人で世話をしてるし、自分の部屋には自分のベッドとミルフィーのケージ、棚と引き出ししか置けないような状態で、ずっと向き合って暮らしているから、イライラしたり泣きたくなるような状況にもなった。
でも少しずつ警戒を解いて、いろんなことがわかるようになっていくミルフィーを見ていると、楽しい。
少しずつ少しずつ時間を積み重ねて、あたしが出掛けている間も「会えない時間」を積み重ねて、仲良くなっていく。主従関係も築いていっている。直感で選んだ「犬」だったけれど、日々を過ごしていくうちにかけがえの無い存在へと変化していっているのだと思う。
時間が濃くなって、それが長くなって。


子供と一緒だと思って接するようになった。犬、と思っていたけれど、子供と同じ。甘えたり拗ねたり媚びてみたり。
こっちもなだめたり賺したり、怒ったり褒めたり。あたしの方が少しは大人だと思うから、ときどき拗ねたフリもしてみる。しばらくお互いに意地を張っていても、そのうち鳴いて呼ぶミルフィー。内心、来た来た!と思いつつ(笑)


構わないと、ミルフィーも何かしらやらかしてくれるから、いい勝負してると思う。飼い主に似るって言うけど、都合の悪いことは聞かないフリをするのは、あたしに似たんだろうか(笑)



ミルフィーと一緒にいると、いろんなことを考える。自分と向き合っているようだと思ったり、言葉が通じないことを考えて、どうやって理解してもらうか必死になったり。
ミルフィーもいろんな吠え方や鳴き方をするから、何かを伝えようとしたり訴えようとしているんだけど、あたしにはミルフィーが何を言いたいのかわかるのと、まだわからないのがある。それと同じで、ミルフィーしてみたら、あたしの言葉は理解できないものがほとんどだから、訓練していると首をかしげて困惑してしまうときがある。


今日はjumpとwait、passを教えようとしたんだけど、passがいまいちわからなかったらしく。jumpしてロープをゲットしても、呼ぶとロープを置いたまま帰ってきて座ってしまって。
「それ取って!」と言っても、わからなくて困惑してた。
工夫をして、ロープに名前を付けることにして、明日またやってみる。ダメだったらボールを買ってきて訓練。


英才教育みたいだけど、せっかく賢いから、できるだけ能力を引き出せるように育ててみようと思う。やればやるだけ学んでいくのがわかる。根気よく訓練。
そうやって接していると、ミルフィーが犬なのを忘れてしまいそうになる。立場を忘れるっていうんじゃなくて、わかるはずと信じて話しかけると理解してくれると思うから、わかりやすく教えようと、熱心に日本語で話しかけている自分に気付く。ちょっとびっくりする(笑)


眠ってる姿はまだまだ子供。起きてるときは一人前のように振舞おうとするけれど。丸まって前脚の上に頭を乗せて眠る姿は、夜中に見ていて嬉しい。癒されるって、こういうものかな、と思う。


犬との生活:pricelessっていう宣伝があったけれど、まさにそうかもしれない。
トイレの躾がうまくいかなかったり、ご飯のときに言うこと聞いてくれなかったりして、放り出したくなってしまったり投げやりになってしまいそうになるけれど、少し頭を冷やしてまた向かい合って。
期待通りに忍耐も養われるけれど、それ以上に、本当の愛って何だろうかと考えたりもする。ただ猫かわいがりするだけでは一緒に住めなくなってしまうから。他の人にも好かれて欲しいと思うから。
こうしていると、本当に子育てみたいで、親の心情もわかるようになるところがある。あたし自身も、ミルフィーと一緒に日々成長中(笑)